「エンリコ・ロッカ」(1847〜1915)は、19世紀のイタリアを代表する弦楽器製作家の父「ジュゼッペ・アントニオ・ロッカ」の3番目の息子としてトリノで生まれ、幼い頃より父の手解きを受けます。しかし貧困の生活や、妻と4度の死別をするなど波瀾万丈の人生を送った父「ジュゼッペ」の影響を受け、困難な人生を余儀なくされます。



 当時のイタリアは、弦楽器製作史上最も低迷する時期だったため、ロッカ親子はジェノバに移り、弦楽器の製作以外にも様々な仕事を行いながら生計を立てますが、残念な事に満足のいく生活を送ることはできませんでした。その背景には、フランスの「ヴィオッティ」をはじめとするその弟子達「クレゼール」や「ロード」、「バイヨ」等が率いた音楽家達によるフランス・ロマン主義の発展と、弦楽器製作家の「リュポ」や「ヴィヨーム」、「ガン」、「ベルナーデル」、「シルベスタ」、「シャノー」といった優れた一族達の台頭がありました。

また、この時期がイタリア統一(リソルジメント)の混乱とも重なり、その後はオーストリア帝国からの独立戦争によって引き起こされたさらなる不安の時期でもありました。




 そして1865年には突然、父「ジュゼッペ」が飲酒による事故で井戸に転落し、溺死してしまいます。不幸にも「エンリコ・ロッカ」は、父が抱えていた借金の返済責務も背負うことになってしまったのです。
そんな中、翌年1866年には、父が製作途中だった楽器を仕上げて完成させています。
(この作品のラベルには、父「ジュゼッペ」のオリジナルラベルが貼られていますが、その「Giuseppe」の文字の部分が切り取られ、そこに手書きで「Enrico」と記されています。)*1







 弦楽器製作の素晴らしい才能を持っていた「エンリコ・ロッカ」でしたが、資金不足により父の工房を維持する事ができず、この頃を最後に完全に弦楽器製作から離れ、確実にお金を稼げる大工の仕事をしながら生計を立てていきます。
1870年には「エミリア・フリシオネ」と言う女性と結婚して、その後二人の子供を授かりますが、生活のために大工の仕事を続けます。
しかし、「ヴィヨーム」が他界しフランスが衰えを見せてきた1870年の後半頃からは、当時人気のあった6弦マンドリンの製作を開始します。
元来、手先が器用で木工加工に必要な技術と、優れた才能があった「エンリコ・ロッカ」は、すぐにその才能を開花させ、マンドリンのコンクールで賞を受賞します。



 その後、ヴァイオリン属の弦楽器製作への想いを捨てきれなかった「エンリコ・ロッカ」は、1880年半ばから再び弦楽器製作を始めます。以降、副業は一切行わずに弦楽器製作一本に絞ることを目指し、真面目に強い情熱を持って父の作品を見直し、再度研究を重ね、遂に1890年から黄金期を迎えたのです。
この頃の作品は、父「ジュゼッペ」と同じ木材やニス、工具や型枠を用いて製作されている楽器があり、父の作品に勝るとも劣らない見事な作品が存在します。しかし、製作本数が非常に少なかったため、黄金期ではありながらも極めてそれらの楽器は入手困難な時期とも言えます。






 その後、後期(円熟期)を迎えた「エンリコ・ロッカ」は、同じジェノバの弦楽器製作家「ユージェニオ・プラガ」や、トリノの「オドーネ」等の作品に影響を受け、父親のスタイルから離れて自身のスタイルを模索していきます。そして、1901年に「プラガ」が他界すると、パガニーニが愛奏したことでも知られる、ジェノヴァ市が所有する銘器「ガルネリ・デル・ジェス」 “カノン”の楽器保存担当の仕事を務めることになります。この時期以降から、「エンリコ・ロッカ」は、この“カノン”のガルネリ・コピーの楽器を製作するようになります。
そして、仕上げのニスも、当時の他のモダンイタリアン・メーカー達と同じ種の、明るく綺麗な一色塗りへと変化していきます。
また作りと細工の面においても、スクロールの中心を極端に大きくしたり *2 、下ナットは逆に極端に細くし、内側にパフリングのラインを一部残す *3 などして、自身のスタイルを確立します。しかしそれらの作品は、正統派のスタイルから離れていき、少し気を衒ったようなスタイルにも感じさせる結果となってしまいます。ただし鑑定の際には、「エンリコ・ロッカ」の作品であることが見分け易くなったことは、周知の事実と言えるでしょう。







 いずれにしても「エンリコ・ロッカ」の後期の作品は、20世紀以降の他の製作家達のそれらとは一線を画した見事な作品が多く、現在では“モダンイタリアン”の最上位に位置する素晴らしい弦楽器製作家として認知されております。
(黄金期の「エンリコ・ロッカ」の作品は、後期の作品よりも素晴らしいものの、セミ・オールドとも呼ばれる19世紀の作品のため、さらに上位に位置する「プレセンダ」や父「ジュゼッペ・ロッカ」の黄金期の作品には及びません)



 なお、一部の専門家が書籍等の中で、「エンリコ・ロッカ」は一切、父「ジュゼッペ」からは弦楽器製作を習っておらず、「プラガ」が彼の師匠である。と結論づけていますが、これは本文にてご紹介した1866年の作品や、希少な1890年代の黄金期の作品を見た事がないのだと思われます。これらの作品は、明らかに父「ジュゼッペ」を連想させる楽器であることは明白だからです。また、当時の役所の記録に「エンリコ・ロッカ」と父「ジュゼッペ」が同じ住所に住んでいた記録が一切ないのは、借金取りからの対策であったと筆者は考えます。





 今回ご紹介する1893年製の作品は、世界各国で活躍するトップ・ディーラー達に、“One of the best Enrico Rocca” として認知されている黄金期の見事な作品です。
その作風は、父「ジュゼッペ」の楽器と見間違えるほど素晴らしい貫禄と風格を持ち合わせており、細工と作り、アーチやニス、コンディション、また音質面に於いても非の打ち所がありません。実際この楽器の木材とニスは、父親「ジュゼッペ」が使用していたものと同じものが使用されております。








 もう一挺ご紹介するc1895年の作品も、父「ジュゼッペ」が頻繁に使用していた「ストラディヴァリ」“メサイヤ”コピーの型枠と同じ型が使用されております。
こちらはラベルも、父「ジュゼッペ」のオリジナルラベルがそのまま貼られており、ほぼ未使用に近いミントコンディションの完璧な状態で保存されていた楽器となります。
オリジナルニスの残存率も99%以上を誇っており、太くて力強い低音から綺麗で豊かな甘みのある中低音に加え、キラキラとした輝きのある高音まで、バランスよくしっかり鳴る素晴らしい作品となっております。







いずれの作品も、プロの楽器商でも滅多に見ることのできない大変希少な黄金期の中でも、“トップ・オブ・トップ” の作品となっております。








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参考文献
「Universal Dictionary of violin & bow makers」  著 William Henle
「Liuteria Itariana」  著 Eric Blot
「L’Archet」  著 Bernard Millant, Jean Francois Raffin